ロシア@サイエンス・ミュージアム

サイエンスミュージアムに行ってきました~!

 

 

 

サイエンス・ミュージアム (Science Museum)

 

 

サウス・ケンジントン駅から徒歩5分。自然史博物館 (Natural History Museum) の後ろ、ヴィクトリア&アルバート博物館 (Victoria and Albert Museum) の隣りにある科学博物館です。

久しぶりに行ったら、いろいろ変わっていました。ロンドンの博物館や美術館は、時々建物の改築や展示物の変更としますが、この科学博物館が1番変わっているような気がします。遺跡や絵画と違い、科学の発展とともに変わるのは当然ですが、展示物以外にも変わり過ぎてビックリです。

1番驚くのは、カフェとショップが増えたこと。他の博物館も30年前と比べれば増えていますが、ここは各階にカフェがあり、お土産もあちこちで売っています。土曜のせいか3階のピクニックスペースには、家族連れがたくさんいました。IMAXも入っているし、子供がゲーム感覚で見学できるものもあるので、1日博物館で過ごす人達には、非常に便利になっています。

博物館の面積は変わっておらず、更に、改装や次の展示のために、部分的に閉まっているところもあるので、展示物は減っています。また、飛行機と宇宙のコーナーが妙に多くなったような感じです。私の好きだった船舶のコーナーがなくなったのが10年ほど前だったでしょうか? 船・電車・車がすべ宇宙・飛行機に変わっているようなイメージです。科学が進歩しても、他の乗り物はせいぜい速くなるとか、設備が便利になるぐらいだけど、宇宙はまだまだ未知の世界で、科学の進歩が1番重要な分野だということなのでしょうか? それとも単に子供に人気だから? 

また、5年前ほど前までギルドホール (Guildhall) にあった時計博物館 (The Clockmaker’s Museum) がこちらの2階に移動しています。

今回の訪問目的はロシア関連のエキシビジョンで、そこに2時間もいてしまったため他を見学する体力がなくなったので、次回ゆっくり他の展示を見に行こうと思います。

この博物館では、3年ほど前にロシアの宇宙飛行士展『Cosmonauts: Birth of the Space Age』というエキシビジョンをしていました。今回のエキシビジョンは、ニコライ2世が処刑されて100年だからなのですが、3年間にロシアのエキシビジョン2つ。そんなにロシアが好きなのでしょうか? 

 

 

The Last Tsar: Blood and Revolution

 

『The Last Tsar: Blood and Revolution 』日本語にすると『最後の皇帝:血と革命』? タイトルの‘血’は革命で流れた血、処刑されたロマノフ家の血、そして‘血統’の意味もあるようです。

ロシア最後の皇帝ニコライ2世とその家族のエキシビジョンで、ニコライ2世と妻アレクサンドラ・フョードルブナの肖像画や、ニコライ2世と従兄弟のジョージ5世の写真もありましたが、科学博物館のエキシビジョンなので、他の美術館や博物館とはかなり内容が違います。

アレクサンドラ・フョードルブナの生い立ち、1894年に22歳でニコライ2世に嫁ぎ、7年間に4人の女の子を出産。出産自体、身体に大変負担がかかるというのに、妊娠する度に男の子を期待されるストレス。精神障害。祖母のヴィクトリア女王からニコライ2世に宛てた手紙には出産のお祝いとともに「でも男の子じゃなかったのね」 そして5人目にいよいよ男の子を出産したのですが、1ヵ月もすると、その男の子は血が止まらなくなっていた・・・ ヨーロッパで『王家の病』と言われている血友病です。ヴィクトリア女王が保因者で、彼女の子供9人のうち3人が保因、そのうちのレオパルドが発症しています。その子達がヨーロッパの他の王室と結婚をし、ヨーロッパ中の王室に血友病が広まったということです。『王家の病』の家系図があり、詳しく説明されていました。血友病は女性は保因していても発症はしないけれど、子供にはうつることがあり、男児の場合、大きな確率で発症するということでした。

ニコライ2世とアレクサンドラ・フョードルブナは、有名な医者に長男アレクセイを診てもらいますが、薬の効果はなく、ラスプーチンなどに祈祷や自然治療をお願いします。ラスプーチンが頻繁に宮殿に出入りすることも、国民の不満を募らせたようです。当時のロシアの医療事情についても詳しく説明され、ニコライ2世の薬用スーツケースなども展示されていました。

また、アレクサンドラ・フョードルブナは、2人の娘オルガとタチアナとともに、ニコライ2世の母が運営するロシア赤十字に参加し、第一次世界大戦で負傷した兵士達の治療・看護にあたります。赤十字のユニフォームを着た彼女達の写真と映像が展示されていました。

このエキシビジョンの最大の見所、まさに’科学の進化’の賜物は、ロマノフ家最後の皇帝とその家族の処刑の100年に渡る調査です。1917年のロシア革命中、ニコライ2世一家は、一時トボリスクに避難したものの、ボリシェビキが権力を握った翌1918年、エカテリンブルグのイパチェフ館に幽閉され、7月にロマノフ家の7人と側近4人が処刑されます。その後、エカテリンブルグがアンチ・コミュニストの手に落ちると、ニコライ・ソコロフを中心とする調査委員会が設立されました。聴収を受けてたロマノフ家のイギリス人英語教師シドニー・ギブスは、本国に調査の状況を報告していたようです。ソコロフは調査の途中でボルシェビキの圧力を受け、集めたものを持って国外逃亡。1924年に調査報告は発表されたけれど、ソ連政府によって発禁処分となり、ソ連が崩壊するまで眠っていたようです。

ロマノフ家の遺骨は、ブレジネフ時代に探偵によって発見されたものの、元の場所に戻され、1991年に再発掘されました。遺骨発見、調査、研究の写真や映像が展示されていました。遺骨のDNA鑑定には、ヴィクトリア女王の孫であり、エリザベス女王の夫であるプリンス・フィリップも協力しました。当時ニュースになっていたのを記憶しています。鑑定が終わった1998年、ニコライ2世の遺体はサンクト・ペテルブルグのペテロハヴロフスク要塞にあるペトル・パウェル大聖堂に埋葬されました。1991年の時点で、9人分の遺骨しか発見されず、アレクセイともう1人の女子の遺体は2007年にやっと発見されます。処刑から約90年後の出来事です。その後DNA鑑定や3D鑑定などが行われ、アレクセイの遺体であることを確認します。

ピョートル大帝からニコライ2世までロマノフ家の皇帝が埋葬されているペトル・パウェル大聖堂

 

展示の最後には、血友病の発見・治療などの年表があり、70年代~90年代の薬害エイズにも触れていました。

半年間の無料エキシビジョンですが、かなり内容が充実していて、いろいろ勉強になりました。

 このエキシビジョンは3月24日までなので、気になった方は見学してみてください。チケットは無料ですが、公式サイトで予約ができます。

 

 

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